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INTERVIEW

震災で見たバブル、壮絶な現実と金の魔力。生き残りを賭けた社長の決断。

福島県須賀川市に本社を置く株式会社FOOT HOLDは、
足場施工管理を専門とする工事会社。
「お客様目線」という型にはまった経営理念ではなく、
組んだ足場の是正を無くすパトロールを社長自らが行い、
「言われる前にやる」という根本方針で他社との差別化を図る。

代表取締役社長 鈴木 卓也は、
2011年、福島県を襲った東日本大震災を24歳で経験。
自分にできることはないかと瓦礫の撤去を始めたことを機に
工事会社の道を本格的に歩み始めた。

復興需要が高まり除染作業に使う足場の組立で
依頼が絶えなかった時期や、急激に下落した単価、
さらに自身の経験を踏まえ見出した仕事への価値観など、
赤裸々に語ってくれた。

震災一年目のバブル

2011年3月11日、太平洋三陸沖を震源に日本を襲ったマグニチュードMw9.0の地震。
その日、鈴木は地元 須賀川市にいた。

叔母の経営するリフォーム会社の営業所を
友人と2人で任され営業に勤しむ中、
それは突然起こった。

妻子のいる身、
どうやら原発が危ないという情報がその日のうちに流れ込み、
鈴木は急いで新潟に避難。
しかし、仕事を放り出し避難した鈴木に対し、
社長である叔母は激怒し意見が食い違ったまま、
鈴木はその会社を辞めることとなった。

「それでも自分が生まれ育った町をそのままにしておくことはできず、
1週間程ですぐにまた戻ってきました。
土砂が崩れ家ごと崖下に落ち、めちゃくちゃになった道路を見て、
自分には何ができるだろうと瓦降ろしの作業を始めると、
少し経ってから足場を2棟分譲ってもらえるという話がきました。
その時、丁度神奈川で鳶職をしていた友人が福島に戻ってくるという一報を受け、
そこから東北創建という屋号で仮設足場の仕事をスタートさせました。」

当時、除染をやろうと立ち上がった
須賀川市の除染事業共同組合の中で
住宅足場の専門会社は東北創建を含め2社しかいなかった。
除染作業のモデル地区となった同市。
5000棟もの住宅の除染に使う足場を、
現在の約4倍の単価で請け負った。

そんな状況を知ってか、
組合以外の足場業社もどんどん入ってきたという。
組合に入っている他業種が足場も請け負い、
外部の業社(個人業社も含め)に仕事を回す流れもあって、
多くの業社参入を加速させた。
鈴木はその時、バブルを見たという。

「通常、家を一軒建てるとすれば足場は約1ヶ月は手元に返ってきません。
ですが除染の場合、1日で組立が終わる仕事で、その後1週間もすれば解体し材料が戻ってくる。
社員も10人にまで増やし、500万で追加購入した材料は1ヶ月もすれば元が取れてしまう、そんな状況でした。
私はその時"これは普通じゃない" と、しきりに自分に言い聞かせました。

最良のタイミングを見極めた決断の時。

復興支援が2年目に入ろうとする頃には、足場工事の業者も無数に増えていった。
当初単価の付けようがなかった「除染」という作業への報酬は、翌年には一気に低下。
高利益の仕事が当然のように次々と舞い込んでくる復興支援の恩恵も長くは続かなかった。

その状況を客観的に見ながら、考えを廻らせた結果
鈴木は除染作業での足場工事から、手を引くことを決めた。
まさに川を渡り船を焼く、もう依存しない、引き返さない、覚悟の決断だった。

「このまま続けても先は無いと思いました。
長い目で見たら、今ここでシフトチェンジするべきだと。

当たり前に除染の仕事があったので、
それをハウスメーカーから仕事をもらう通常フローに
切り替えていくのは大変な作業でした。
しかし地方からも業者がどんどん流れてくる中、
目の前の仕事を蹴ってでも
いち早くここから抜け出さないと、
生き残って行くことはできないと感じ、
そこから工務店に対する営業活動を開始しました。」

除染が単価の良い仕事だったからこそ、その感覚から抜け出せない者も多かったのではないか。
この時の判断が、今の株式会社FOOT HOLDに繋がっている。

仕事を取ってくる大変さを知っているからこそ、できる施工

ビルや一軒家、建物を囲う「仮設足場」。
知らない人間からすれば、どの足場も同じように見える。

だが実際は1段の段差が、
10センチの手摺の高さが、
使う者にとって障害になることもある。

FOOT HOLDでは、使う人に合わせた施工を心掛け、
ここを直して欲しいという要望は現場監督から言われる前に
自分たちで気付くための努力を怠らない。
足場は、ただ組んであればいいというものではない。
それがこの会社の考え方だ。

そのような施工ができるのには、過去の苦い経験が作用している。

「若い頃、まさに体育会系の会社で
オール電化の営業をやっていました。
先輩と車で団地に向かい、
また夕方迎えに来るからって言って私だけ降ろされるんです。
何百件あるお宅を1人で全部回って、
大半が要件を言った瞬間にピシャッと玄関を閉められます。
怒られることもあるし、かなりキツかったです。
放心状態になって近くの公園にいたこともありました(笑)
あれは本当に辛かった。
でもそこで、仕事を取ってくることの大変さを思い知りました。

足場を組む仕事も、元を辿ればハウスメーカーの方が
大変な思いをして受注してきた仕事なわけです。
私たちも半端なことはできません。」

死を決意し学ぶ安全性

「運転経路に問題はないか」

FOOT HOLDの職人は、
現場までの行き帰りの経路を念入りにチェックする。
鈴木は安全に対し口うるさく言及する。

それは、過去に2度も「死」を垣間見た鈴木にしかできない
役割なのだ。

峠の坂道でブレーキが故障、トラックの横転事故を起こす。

独立後1年が経過した頃、仕事が終わり会社に戻る途中だった。
レンタルしていたトラックの荷台には相当な数の材料が積み込まれ、
特に下り坂でのフットブレーキの酷使はブレーキパッドの制動力を一気に低下させる要因だった。

これまで大した事故も無く過ごしてきた鈴木は、
「まさか自分に限ってあるはずがない」と、峠の坂も普段と変わらない運転を続けた。
その甘い考えが仇となる。
残り2つのカーブに差し掛かった所で、鈴木は言葉を失った。

ブレーキが効かない。

対抗車線には車の影、鈴木を乗せた載積量ギリギリのトラックは時速100kmを超えていた。
ガードレールの向こうは崖だった。息子と妻との思い出が走馬灯のように蘇る。


「死ぬ。」

決死の覚悟で急ハンドルを切ったトラックは横転。
ガードレールを突き破り、
その下の林に落ちるすれすれの所で止まった。

不幸中の幸いで、
対向車に乗っていた麻酔科に勤務する医師が駆けつけた。

どうにか車から脱出した鈴木の頭部はガラスにまみれ、刺さった一部は頭蓋骨まで達していた。
この医師に遭遇していなければ、今ここに居なかっただろうと鈴木は言う。

そして2度目。3年前の火事。

真夜中の3時。
突然寝室に奇妙な物音が鳴り響いた。

そのことに気が付き鈴木が目を覚ますと、既に寝室のある2階にまで煙が立ち込めていた。
家族全員を叩き起こし、寝巻のまま身ぐるみ一つで直ぐ様隣接する離れの屋根にベランダから飛び移った。
鈴木が最初にジャンプし、妻に子供を投げてもらい屋根の上で受け取った

なんとか家族全員無事に脱出することができたが、愛犬を救出することはできず、
預金通帳も何もかもが跡形も無く焼け焦げてしまった。
原因は熱帯魚用ヒーターからの発火。家は全焼した。

それでも、鈴木は生かされた。

震災に加えこれらの経験から「生」と「死」に直面し、
事故・災害のリスクはすぐ隣にあるということを学んだ。

もしあと一歩遅ければ、

もしあの助けがなければ、

今生きていなかったかもしれない。

この非常に重要且つ怠慢になりやすい危険のリスクについて、
実体験を持って日々社員・職人に言い聞かせている。

この経験から、鈴木の生き方が変わった。
「できないことなど、何も無い。」 
この強い信念の元、どんな障壁が現れようともぶれずにここまできた。

全ては繋がっている

その彼が、このインタビュー中に口にした一言が頭から離れない。
「夢とチャンスは繋がっている。」という言葉だ。

計り知れない衝撃の体験を持ち、
経営者らしく弾けるようなパワーに満ちた鈴木だが、
昔は人の目を見て話すことさえ避ける強い人見知りだった。

しかし、自分の苦手意識を克服するため
工場の仕事からバーでの接客業に変え、
結婚を機に人付き合いの真骨頂とも言える営業職に就き
果敢にチャレンジを続けた。

育ての親である祖父が、いつも言っていた
「大きな夢を持て」という教えの通り、
漠然とだが「社長になりたい」というその野望に向かって、
1歩ずつ確かにチャンスを掴んでいったのだ。

「私は生まれてすぐの頃から祖父母に育てられ、家庭環境もちょっと変わっていました。
みんなの家には普通にあるようなお菓子とかジュースなんてものも無く、外食もしたことがなかった。
夜一緒にテレビを見てくれる人もいないし、なんでうちは…っていつも思っていました。

普通に家業を継いでいく同級生を横目で見ながら、すごく羨ましくて、
その反動からいつしか、社長になりたいという強い思いが湧いてきたんです。

これでもかというほどの災難に遭い、
家も複雑な私でしたが、
夢があったから乗り越えられた。

夢があると、
行動も自然にそっちに向いていくものなんだと思います。
何でもかんでも社長になるためにやってきたのかと言われるとそうではないし。
挫折を味わった時は、
それが夢にどう関係していくのかもわからない。
でも、結果として全ての経験が今、役に立っている。

だから私は社員にも夢を持つように言っています。
それがこの仕事と関係ないものだったとしても、
全力で応援したい。
そして目の前に来るチャンスを、絶対に見逃さず掴んで欲しいと思います。」

恐れるものは無いと言わんばかりの前向きな力と、
地に足を付けた確かな判断で若者の夢を育てる株式会社FOOT HOLD。
この会社が業界を変える1歩も、すぐそこまで来ているのかも知れない。

(インタビュー・文 / 黒田実緒)

株式会社FOOT HOLD(旧 東北創建)

事 業 内 容 :足場施工管理・足場仮設材のレンタル及び販売
ホームページ: http://www.foot-hold.biz/
建設ビレッジ同社紹介ページ:http://kenbire.jp/shokunin/detail?id=6933

須賀川本社  〒962-0122 福島県須賀川市木之崎字上之内33-4 TEL:0248-94-7900
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