ビジネスに繋がる情報満載!建設業のためのポータルサイト

キーワードから探す

地域から探す

利用シーンから探す

INTERVIEW

請負構造、踏み倒し。業界タブーに斬りこむ愛の人

この日、台東区にある一軒の不動産屋を訪れた。
この辺りは昔ながらの煎餅屋があちらこちらに暖簾を出し、
東京でも昭和の雰囲気が残るいい街だ。

有限会社埼玉の匠。

社長の笑顔が印象深い、
温かみあるホームページを眺めた。
十一年前に創業した埼玉の匠。
当時では珍しいコンストラクションマネジメントを行う会社であったが、
仕事をすればするほど第三者として現場に関わるのではなく、
自分自身がお客様の矢面に立って直接工事を受注したいと思うようになり、
現在では不動産業と分譲団地のリフォームを専門とした工務店を営んでいると聞いていた。

社長の檜山は、ゆくゆくは金融・不動産・建築の全てを手にし、
自分達で仕事を創り出す「実業が蔑ろにされない世界」を創ると豪語しているそうだ。
断片的な情報を元に、どのような人物なのかあれこれと想像していた。

 

しばらくして会議室に入ってきたのは、思い描いていたイメージとは違い、
ドスの効いた声のメガネをかけた男だった。
大きめの椅子にどっしりと座り、じっとこちらを見つめ目を逸らさない。
口を開くと同時に、「仕事は自分で創り出すんだ」と、過去を遡り話し始めた。

 

代表取締役 檜山哲。


<こんなに不器用で、愛に溢れた人間を身近で感じたことはない。>
それが取材後の素直な感想である。
今回は、彼の半生を可能な限り書き記し、
ここに至るまでの経緯と、彼の目指すビジョンについて触れていく。

風変わりな家庭環境の中で培われた人としての真っ直ぐさ

檜山を取り巻く環境は、子供の頃から世間一般とは少し変わっていた。
事業で稼いだお金を全て政治に費やした政治家の祖父。
日立製作所の社長令嬢との縁談を断ってまでして、太平洋戦争で戦死した大叔父。
現NHKアートの上席を蹴り、金とモノに全くと言っていい程執着を見せなかった父親。

この一風変わった大人達から教わってきたのは、
「物事は損得で考えるな、自分の腹で考えろ」ということだった。

弱い者を放っておけない父親のおかげで家計は苦しく、
檜山が中学校を卒業する頃には、
借金まみれの情けない生活を余儀なくされた。
家計のために昼夜問わず働く母親を見ていられず
「離婚して幸せになって欲しい」と母親を家から出ていかせたのは
檜山が十六歳の時だった。

しかし、檜山はこう言って笑う。
「父親としては問題ばかり起こすどうしようもないオヤジですが、
男としてのオヤジは今でも大好きなんです」と。
どんなに自分の生活が苦しくても、
困っている人を見てみぬふりができない父親だった。
給料日に給料を一円も持って来ないということも、
度々あったという。
そんな父親だが、子供ながらに檜山は父親のことが大好きだった。

渡り歩いた会社は3年で30社以上。やっと出会えたやりがい


檜山が建設業界の門を叩いたのは、
工業高校を中退した十五歳の夏。
建設業界で働きたいという動機はなかった。
初めて働いた会社は土木工事の会社。
友人がいたのがきっかけだった。

しかし、檜山は必要以上に威張り散らすような、
弱い者いじめをする人間を極端に嫌う。

相手が同僚だろうと親方だろうと、
父親にそっくりなその性格で黙ってはいられない。
どこの会社にいっても三日ももたず、
三年間の間に三十社以上の施工会社を渡り歩いた。

十八歳の時、巡り合ったのが外構工事。
初めて仕事にやり甲斐と面白みを感じ、職人になる決心がついた。

夜な夜な小学校の砂場でコテ遣いの練習をするニッカポッカ姿の檜山は、
近所から「不良少年が砂場で何かしている」と不振がられ
警察を呼ばれたこともあった。


現場を任されるようになったのは一年後の十九歳の時。
レンガの目地が綺麗に見えるよう、
夕方遅くまで一本一本のレンガをスポンジで拭き、
マスの周りをきっちり五ミリの間隔でカットしたりと、
とにかく腕を見せる「職人の仕事」が楽しかったという。
やっと仕事に充実感を持てるようになった。
その矢先の出来事。

檜山の、「仕事」に対する意識がひっくり返される。

「仕事をもらっている以上、言われた通りの仕事をしていればいい」
… 本当にそれでいいのか?


それは百棟の分譲現場でのこと。
同業者の集まる工程会議。
元請業者側から檜山が担当した
二十棟の現場の仕上がりに指摘が入った。

「こういう”手間のかかる仕事”は求められていません!」
「仕上がりはどの業者も同じように平均点さえとれていれば問題ありません!」


愕然とした檜山に更に追い打ちをかけるように、年配の職人達から心無い言葉を浴びせられる。

「手間が下がっているのに自分ばっかり良い格好するな。」

一瞬にして込上げた怒りが爆発した。

「てめぇら二度と職人なんて名乗るんじぇねぇ!
てめぇらは職人じゃねぇ!ただの作業員だ!」


当然工程会議から檜山は外され、憤慨したまま会社に戻った。

会社に帰るやいなや、熱り立った檜山は親方に詰め寄った。
「俺達が努力して、下請けだけでなく元請業者を目指そう」
しかし、親方の答えはNOだった。そしてこんな言葉を聞かされた。

「俺達のような学もない人間が
元請業者になんてなれるはずがない。」

「結局、営業も現場監督もバカばかり。
営業はノルマだけを気にして無理な予算で仕事をとる。
現場監督は現場の納まりもわからないくせに上司に怒られたくない一心で無理難題を押し付ける。
元請なんてピンハネする事しか考えていない。
だけどな、俺達職人は仕事をもらっている以上、
決められたルールの中で言われた通りの仕事をしていればいいんだよ。」

この頃、仕事以外でもトラブルを抱えていた檜山。
体を張って助けた友人の裏切りや、悪友との決裂、幼馴染の彼女との婚約破棄。
「損得勘定ないの?馬鹿だねあんな男を助けるなんて、親父と同じように負け犬になるぞ」
「人がどうなろうと関係ないんだよ。結局世の中は金がなければ始まらないんだ」

周りの人間の言葉が頭の中をグルグル回り、
自分の中で上手く消化できずにいた。
そこへ親方達から人生を諦めるような言葉を聞かされ、余計に虫唾が走った。

心底建設業界に嫌気が差した二十歳の檜山は、
天職とさえ思っていた外構職人を辞め、
「弱い者いじめ」と「愚痴」ばかりの環境から抜け出し、
とにかくもう一度高校から勉強をやり直そうと決心をする。

「当時は俺が間違っているのか、
世の中が間違っているのか答えが見つからず、
ずっともんもんと一人悩んでいました。」
檜山は言う。

「 俺 は 俺。」 自分を信じられるようになるまで

建設業界を辞めて通信制の高校に入学した檜山はアルバイトを始めようとするが、
どこの面接にいっても断られてしまう。
面接に行けば必ず、なぜ職人を辞めたのかと問われ、
「世の中は弱い者いじめと自分のことしか考えていない人間ばかり。
それでいいのかわからない。どうにかしたいけれどどうしたら良いかわからない。
だから、職人を辞めて勉強しようと思った。」
と、ありのままを答えた。
この不器用で真っ直ぐな青年の発言を、受け止められる大人はそうはいなかった。

「今更変わることもできないし、変わりたくもない。俺は本当に間違っているのか。」
そんなことばかりを考えていた21歳の檜山に転機が訪れる。

残念ながらその詳細をここに書くことはできないが、
檜山の人柄が滲み出るエピソードであると同時に、
その出来事をきっかけに檜山は金融業界で経済人の付き人となり、
大学まで進学させてもらうことになる。

付き人として五年間、
沢山の出逢いや特別な経験をさせてもらいながら、
父親の借金までも返済する事ができた。
今の自分があるのはあの日のお陰だという。

「今では誰に何を言われようと、
とにかく俺は俺だと、自分を信じられるようになりました。」
この話の終わりに、檜山はこう言っている。


しかしなぜ、そんなに自分の人生を変えてくれた付き人を辞め、
建設業界に戻ってきたのか。

「金融には愛がない。人を人として見ていない。」

実業を蔑ろにするような言動や、私利私欲が渦巻く人間関係、
額に汗して働く者への冷ややかな眼差しは、
自分のこれまでの人生を否定されているようで苦しかったという。

付き人を辞める時、
仕事の他にも「政界へ進まないか」という誘いもあったが、
反対を押し切り全てを断って、建設業界へ戻ってきた。


見積書も作れず、請求書の締め支払もわからず、
依頼できる業者は一社もいないという状況の中、
立ち上げた埼玉の匠。それから十一年。

職人の、職人らしい仕事を、自分達で創る。

現在は仲間達と共に金融業の会社を立ち上げている真っ最中。
「俺がやるのは愛のある金融だ」と開発プロジェクトを企画し、
金融・不動産・建設の全てを自分達が担うと断言する。

「その全てを俺達で行うことができれば、
手の届く小さな範囲かもしれないけれど、
旧態依然とする建設業界特有の請負構造を解消することも、
踏み倒しを抑制することもできる!」と目を輝かせた。


職人の、職人らしい仕事を、自分達で創る。

いつか、現場の雑用もできなかった一人の少年は、
世の中に対する違和感や劣等感を真っ直ぐにぶつけ、
あちらこちらで問題を起こしては大人達に問い、
常に弱い者の前で来る者に立ちはだかり、人の助けを借り涙を流しながら、
ようやく自分の進む道を見つけた。

「自分は岩に滴る本気の一滴となりたい」
「いつでも弱い立場の側で喧嘩したいだけ」
「最後の判断は損得ではなく情」

冒頭でも述べたが、こんなに不器用で、愛に溢れた人間を身近で感じることなどない。
臭いものには蓋をし、間違いも正さず、
他人のことには目もくれない人間が大半の世の中で、
どこまでも人間臭く真っ直ぐに駆け抜け、
建設業界の希望となって欲しいと切に願う。

(文・インタビュー/黒田実緒)

有限会社 埼玉の匠
お問合せ:0120-027-237

業務内容:リフォームコンサルティング業務・サポートサービス・建築、土木一般請負業務
http://www.saitama-no-takumi.com/index.html

一覧ページ