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INTERVIEW

すべて実践から学んだ。株式会社中村建設 中村英俊。自分の靴さえ買えなかった苦悩の親方時代を超えて、建設業界に革新をもたらす一人の鳶会社社長の半生

今回は大阪屈指の足場業者、中村建設 中村社長のロングインタビュー。
中村社長の若かりし頃、そして危機、大きな転機、師匠との出会い、今後のビジョンについて全3回に分けてお届けしています。第2回は、中村社長の運命を変えた人生の師匠との出会いについて。

悶々とした気持ちのまま、仕事をしていた頃
人生の師匠となる、一人の社長に出会うことになる。

「中村さんとこがどんなもんか、うちで使ってみよう」
ある社長から声がかかり、従業員3人とともにお試しで1週間仕事をさせてもらった。
丁寧に丁寧に仕事をこなし、これなら認められるだろうと確信していた。
が、社長から帰ってきたのは思いもかけない話だった。

ただただ驚いて、呆然と社長の話を聞くしかない。
そして唐突にこんな提案をされた。

「一つチャンスやる。」
「お前は震災復興も経験して、金銭感覚や勘違いしてるとこもまだ抜けてない。
でも、お前は絶対磨けばダイヤになるから、俺が直接仕事教えたる。
残業・早出・出張など何があれど会社の決めた給与のもと、俺の下で働け。」
そんな究極の選択を迫られたのだ。

中村組の従業員は、全員待遇も守られたまま面倒を見てくれるという。
いきなりの提案で躊躇していたが、迷う暇も与えられなかった。
「この先もずっとなんちゃってで、だましだましやるのか。俺の下で働くか。いますぐ決めろ。」

自分の足りない所を補って、従業員も守ったまま修行ができるかもしれないと思った。

「やります」

そこからは、社長の課すミッションに没頭して仕事をした。
やたらと仮設関連の仕事ばかり任された。
高い所が嫌いだったので、本当に嫌だった。
川の上の吊り足場や、高速道路の遮音壁のメンテナンス用の仮設工事など、
難易度の高いものが多く、
「落ちたら死ぬやん」という現場ばかり。
しかし、嫌とは言えない。やるしかないのだ。

半年ほど経って、ついに小さい現場を「お前の会社で受けてみるか?」と言われるようになった。
しかしそれにも条件をつけられる。

「この現場をやるのはお前の従業員や。
でもお前は俺の会社からの出向の監督さんという立場で行け。」

「お前のことを従業員らに”オヤジ・親方・おやっさん・社長”などとは呼ばせるな。 “中村さん”もしくは”監督さん”と呼ばせろ。」

「お前も従業員のことは、業者さんと呼べ。
そこのメリハリをつけてないのを見たら俺は許さんぞ」
と釘を刺された。

そういったことを続けて1年。

お客様からの絶大な信頼を得られるようになり、自分に大きな自信がついていった。
将来を約束されたものは何もない、自分のお客さんもまだいないが、
「なんかやれるぞ・・・」という実感がどんどん湧いてきた。
足場やその他仕事を1年みっちり覚えさせてもらったことで、
「足場組んだら俺は負けへん!」という強固な自信が自分の中に出来上がっていた。

1年間の約束を果たし、卒業の日。
社長から「お前あと一年やってみるか?」と聞かれたが、お断りをした。
今後のあてはあるのか聞かれ、無いと答えると社長は1枚の紙を渡してこう言った。

「明日ここに電話せえ」と。

そこには関西大手の足場会社の連絡先が書かれていた。
電話してみると全て話はついており、
「中村建設さんから電話きたら仕事出してやってくれと社長から話は聞いてます。
会社に来てください。」
とトントン拍子で話は進んだ。
その後、その会社からは1.5億円規模の仕事を毎年任されることになる。

今の自分があるのは、師匠のお陰。

1年修行をさせてもらえたことで、何を身につけたのか、今ならはっきりとわかる。
やっている時はガムシャラであまり見えていなかった。

まず、会社の決めた給料で働いたことで、
金銭感覚はいつの間にか元に戻っていた。

そして礼儀作法。立場についても学んだ。
たとえ社長と従業員であっても、
現場に行って立場が違えば「さん」付けで呼びあうようになった。
周りから見られているという意識もつき、メリハリがついた。
当たり前のことと言われるかもしれないが、
当たり前のことを当たり前にやれるようになったことは大きな収穫だった。

また、お世話になった社長(師匠)の会社は公共工事を主に取り扱う会社で、
中村は橋梁や高速道路のメンテナンスをしていた。

「足場を組んで終わり」という仕事ではなく、
自分たちが仕事をするための足場を組んでいたことでより深い学びを得られた。

”こんな足場だと仕事がやりづらい”
”やりやすい足場を組むにはコストがかかる” など、
工期やコスト、作業効率などを考えながら足場を組んでいくノウハウが習得できたのだ。

「師匠に出会わなかったら、今の自分はない。」と中村は言う。
「あの一年が無ければ、今の自分は絶対に無い。」と。

社長の元を卒業し、中村が28歳の時に
足場業者として本格的に事業をスタートさせた。

建築だけでなく、土木系の難しい足場も数多くこなしたため、
吊り足場、枠組み、クサビ、全てできる本物の鳶職人になれたと自負している。
どんな現場にも対応できるという強みが、
中村建設を大阪屈指の足場業者に成長させていったのは言うまでもない。

思いもかけない最悪の事件。自分自身に気づく大きな転機。

その後、中村建設は少しずつ業績を伸ばし、グループ会社も好調に営業を続けていた。
中村自身は、副業で飲食店を経営しはじめ、全てがうまく進んでいくように見えた。

最悪の事件はそんな時に起こった。

中村は自社の管理・運営を信頼できる部下に任せ、
別の事業考案や、飲食関係の仕事、次のステップに向けての準備、関東進出の準備など、、
会社の飛躍に繋がる様々な動きに力を注いでいた。
その頃、会社やセンターに顔を出すことが少なくなっており、
従業員には「職人さんの働きやすい環境を作るように!」と伝えはするが、
自分は1年半近くほとんど自社の仕事に直接関われずにいた。

そんな中、
会社を任せていた右腕の人間に裏切られる事件が起きる。


自分が不在のうちに、
背任・横領・資材転売などをされていたのだ。

もちろん裏切られたことはショックだったが、
その人間をクビにした後、引き継ぎが全くできなかったことも大きなダメージだった。
自分が中村建設の社長だと知らないお客さんも大勢いた。
1年半仕事に関わっていなかったことの代償は大きい。
社員と一緒に、自身も作業服を着て現場へ挨拶回りに行った。

クビにした人間だけでなく、
他にもグルになっていた人間がポロポロと明らかになって辞めていく。
協力業者も2つ無くなった。
売り上げは4億ほど落ち込んでいた。
それでも会社は資金を蓄えていたため、問題はなかった。

ただ、信頼していた人間に裏切られた怒りは抑えられるものではなく、
家で「あいつ絶対許さん・・」と漏らした時、
それを聞いた妻が「は?」と呆れた返事をした。

「やった相手ももちろん悪いけど、1年半もそれに気づかず放置してたあんたが悪いんちゃう?
腹わた煮え繰り返るんもわかるけど、やったからやり返す、じゃないでしょ。
原因作ったのは誰でもないあんたや!」
「いろんなことやって、家にも帰ってこない。
こんなことなら、借金してても、一生懸命頑張ってるあんたの方が良かったわ」

こう言われた直後は「なんやとコラ!」とさらに怒りがこみ上げたが、
時間が経って冷静に考えてみると「それはそうやな。。」と思えてきた。
「怒りに任せてドギスイことやっても、誰も喜ばへん。何の達成感も満足感もないわ。」と
気づかされ目が覚める。

自分が勘違いして浮かれている時というのは、
ことの善悪や非現実的なことさえも「オカシイ」とは気付けなくなっているもので、
自分自身がオカシイと気付くまでに数日かかった。

この事件を機に、副業や、別に動いていた事、
すべて辞め、三店舗同時出店予定だった店の計画も白紙に戻した。

これまで請けてきた仕事の内容にもちゃんと目を向けてみると、
風俗店舗や、その他グレーの商売と思しき怪しい物件の仕事など、
請けるべきでないものも、何の躊躇もなく「仕事だから」と請けていた。
打ち合わせにの席に、血の気の荒い人間がいるような現場に
自分の大事な従業員や職人を送り込んでいたと思うと猛省しかなかった。
ここに来てやっと、その異常さに気づき、自分自身を痛烈に悔いた。

自分を取り巻く友人・知人、付き合いのある人間についても
もう一度見直す大きなきっかけになった事件であった。

「従業員は家族です?軽く言ってくれるな。」
完璧な福利厚生とは?

冒頭でも述べた通り、
中村建設では「完璧な福利厚生」を社内に導入している。
何か特別な福利厚生をしているのかと思いきや、
「いたって普通やで」という。

普通の福利厚生を想像するとき
残業代が出る、手当が出る、休みが取りやすい、などが出てくると思う。

しかし、中村の考える福利厚生は建設業の普通よりも一段階高いところにある。

月給制や社会保険完備、残業代や出張手当、
前もって申請すればいつでも休める体制は当然のように整えた。
他には

  • ・年2回、月給と同額のボーナスが出る。(パート・事務員さんも同様。)
  • ・パート・外国人研修生も含み、1日1,000円の食事代を支給する。
  • ・従業員に、会社用のクレジットカードを持たせ、会社に関するものの仮払いや個人負担は一切させない。
  • ・5年働いた人には上限100万円までの時計を買う。
  • ・10年働いた人には上限400万円で車を買う(オイル交換・タイヤ交換・車検などすべて会社負担)。

などがある。

これを見て、こんなのうちじゃ無理だ!という人もいるだろう。
しかし中村の答えは非常にシンプルだ。
「会社が儲かった分を従業員に還元して待遇もちゃんとしただけ。」
会社経営をする上で”人財”という最上の資産である従業員の価値に気付けば、
ここまでやって当然という意識になるのだという。



世間で、「従業員は家族だ!」と軽く言っているのを見ると
「本当に家族なら自分と同じ給料と待遇を従業員に与えろよ!」
思うそうだ。

「金で人をつってる」と言われたり、
「従業員に給料あげすぎると勘違いするから・・」という人もいるが、
それに対しても、
「勘違いしてええやん!苦しんでんねやろ、安月給で。」と
考えはいたってシンプルだ。

もちろん、これら福利厚生をしっかりやるためには
企業としての体力が必要だ。
内部留保を厚くして、ちょっとやそっとのことでは倒れない
中身のつまった固い会社にする必要がある。
中村からすると、見た目に分かりやすい”売上げ額”や、”職人の数”はあまり重要ではない。
ちゃんと利益が従業員にも社内にも行き渡り、
中身が充実していれば小規模の会社で全然良いのだ。

自分のものに先にお金を使うことより、まず周りを儲けさせる、という感覚で
「先義後利」を実践している。
これが中村建設の離職者が少ない要因の一つかもしれない。

次回は、業界に新風が吹く。建設業者必見の新たな団体とは・・。明日2月9日11時半更新予定です!

 
 

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