私の子は私が守る。女性クロス職人の壮絶な半生と笑顔の理由

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私の子は私が守る。女性クロス職人の壮絶な半生と笑顔の理由

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[2016/12/14]

今回は、千葉県にてインテリアJUNとして内装工事を手がける一人の女性職人のリアルな生き様と、未来へ走り出した姿を追います。

まだまだ建設現場に女性がいる事は少なく、一人でも女性がいると現場の雰囲気が明るくなると、職人たちは口を揃えて言う。
深山じゅん(42)は、千葉に住むクロス職人だ。
長女として生まれた彼女は、責任感の強さを感じるような人柄で、女性には珍しく「インテリアJUN」として独立、開業している。
 

深山さん写真1

その若さ溢れる風貌からは想像もつかないが、2人の子供を持つ母親という一面も持っている。二人いる息子の次男も、今年成人式を迎え、少し心に余裕が持てたところだ。

ほっとするのもつかの間、彼女は歩みを止めることなく持ち前の行動力で、若い頃には考えたことも無かった大きな人生の目標に向けて動き始めた。

建設業界での女性の地位確立は、女性が実現してこそ業界の新たな道が開ける。

女性として、母親としてのメリットもデメリットも知る、どこへ行っても人気者の彼女からは誰も想像のつかないこれまでの半生とは。

深山さんお写真2

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元々、女性同士のコミュニティが苦手だった深山は、十八歳で憧れだった鳶の仕事に就いた。

じっとしていることが苦手で、体を動かす仕事を好んだ。

男性が多い職場でも、自分なら同じように働ける。根拠は無かったが自信はあった。しばらく働いてみると、その自信とは裏腹に建設現場で女性が働く事へのハンディや、周りから向けられる視線を身をもって痛感する。

特に鳶職は危険なリスクも他の職種と比べて高い。歳を取ったときこの仕事を続けていられるかを考えると、続けるのは難しかった。

現代の日本では晩婚化が進んでいるが、女性の人生には結婚~出産という非常に重要な選択がある。この頃の恋愛が順調だった深山は、比較的若くして結婚の決断をする。自分の母親を早くに亡くしたせいか、家庭を築きたい気持ちも強く、出産も経験。順風満帆に行くように思えた。

だが、幸せはそう長くは続かない。人生の荒波は容赦なく彼女を飲み込んでいく。

 

深山さん写真4

事の発端は生活を共にする夫が仕事をしなかったことだ。初めのうちはいつか変わってくれるだろうと信じ、生きていくための生活費は深山が夜スナックで稼いだ。

その店で、再び「職人」に出会い、建設業に引き込まれていくことなど考えもしなかった。
 

深山は子供の頃、母親と一緒に自分の部屋の壁紙を貼った思い出がある。壁紙は自分で貼るものだと思い込み、そんな職業があるとは知らなかったという。

 

働いていた店でクロス職人の親方と知り合った日には話が弾み、その仕事に興味が沸いた。将来に不安を感じていた深山は、何よりも手に職を付けたかった。

現場は人手が足りず、それならすぐにでも手伝いに来て欲しいと言われ、一つ返事で翌日見学に行くこととなる。これが彼女とクロス職人という職業との出会いだ。

そのまま働かせてもらうことを決め、毎日、真面目に働いた。大した仕事はさせてもらえなかったが、自分なりに後から入ってきた子の面倒も見ていた。1年半が経過し早起きにも体が慣れた頃、ある日いつも通り親方の家に集合し、インターフォンを押した。

しばらく外で待つことも多かったが、この日はいくら待っても出てこなかった。何度携帯に電話をしても繋がることはなく、この日を境に突然親方との連絡が途絶えた。周りの業者の噂では、毎晩通いつめていた店の女と消えたらしい。

大切な家族の生活費である給料も、手渡しでもらっていたため受け取ることはできない。途方に暮れるしかなかった。

 

深山さん背中


「ふざけんな。」

女だから優しくしてただけかよ。

そんなことで裏切んのか。

子供との生活は…

様々な思いが駆け巡る。

 


同じ時期、プライベートでは、夫への不安を取り払うことができず離婚。仕事も家庭もめちゃくちゃだった。

それから別の親方の下に入った。これまで雑務しかしてこなかった深山に、一つ一つ丁寧に仕事を教えてくれる人の良い親方だった。

しかし、自分の給料と親方の給料がほとんど変わらないという事実を知り、悩んだ末、職人の仕事から離れることを決める。子供達の将来を考え、自分に出来ることを見つけたいと始めた職人の仕事、やっと見えてきた希望の光が消えた。

 

深山さん写真8

その後は東京に移り住み、新宿のキャバクラに勤めた。

子供からみれば父親の代わりでもある深山は、生活費のために何があっても働くしかなかった。

店の女性達で、深山と言葉を交わす者は一人もいなかった。

深山と、次男、そして妹の三人で暮らし、夜仕事に行っている間は妹が次男の面倒を見ていた。その頃、長男は元夫と一緒に住んでいるはずだった。

離婚が決まった時、深山は元夫と前妻との間に生まれた長男を地元に残し、去っていくしかなかった。

良くないニュースは決まっていきなり飛び込んでくる。元夫が長男の面倒を全く見ていないことを知ったのだ。祖父と長男と共に暮す実家にもほとんど帰ってきていないという。血のつながりは無くても、生まれたばかりの頃から一つ屋根の下で暮らした長男を「自分の子」に変わりないと思っていた深山が、このまま放っておくことなどできるはずがなかった。

生活は苦しかったが、いてもたってもいられず長男を引き取ることを決め、地元千葉へ戻ることにした。

その後数年が経ち、家庭裁判所からも不可能だと言われた養子縁組を無事に成立させた。

本当のことを子供に告げるときの感情は、他人が理解出来るようなものではない。深山は、その頃が人生で一番辛かったと言うが、それでも果敢に立ち向かい続けたのだ。

普通、心が折れてもおかしくないだろう。150cmくらいだろうか、体は小さいが、そのハートの強さと愛情は誰にも負けない。やっと、家族全員同じ苗字になった。

 

深山さん写真6

それからの仕事では、先輩からの後押しもあり、勢いに任せて35歳でクロス屋として独立。

経験もあるんだから、とにかく名刺を作ってこい」の一言で始まった。

いざ名刺を持っていくとそのまま元請けとなる業者を紹介され、それから現在に至るまで、彼女が仕事を切らしたことはない。

ブランクの期間もあったため、独立して一年目は全く経験が足りず相当苦労した。

一人になって、何をいつまでに終わらせればいいかもわからない。妹に子供を預け、連日連夜、一人夜中まで現場に残った。とにかく現場が工期内に終えられるか、それだけが心配だった。

やり方がわからない時には、同じマンションの仕事を請けていた同業者が工事している最中の部屋を訪ね、頭を下げて教えてもらった。

今日はここまで終わらせれば大丈夫だろ、俺も自分の仕事終わったら手伝いに来てやるから」職人たちはそう言って、毎日自分の仕事を終わらせた後、無償で手伝ってくれた。

 

深山さん写真7

大嫌いだったクリームパンの差し入れは、涙が出るほど美味しかった。

人に裏切られては助けられて来た深山の職人人生も、来年の二月には、独立して七年目を迎える。

今では、工務店から頼まれ、施主である顧客が壁紙を選ぶ際の相談にも乗っている。材質の特徴はもちろん、女性特有の繊細な部分まで理解し、ベストな選択に導くことができる。施主側も工務店側もきっと安心して任せられるだろう。

現に「彼女が現場にいるなら心配いらない」と深山がお世話になっている工務店の担当者がビデオメッセージでそう答えている。それは単に女性だからというだけではなく、彼女がこれまで乗り越えてきた数々の経験が物語っている。

今後は、今まで自分がしてもらってきたように、自分の元で職人を育てていきたいという。

そんな彼女には、一つ大きな夢がある。

「女性だけで創る家。」

家を建てる全ての工程を女性だけで行う。女性職人自らアクションを起こすことで、建設業界に興味を持つ女性や若者を一人でも増やす。これからの日本を背負う大切な存在だ。

どんな困難にも屈せず、協力者である家族や沢山の仲間に支えられえている彼女の夢の実現はそう遠くはないかもしれない。

 

(文・インタビュー/ 黒田実緒)

今回お話を聞かせてくれたのは、千葉県にて「インテリアJUN」として内装工事業を手がける深山じゅんさんです。

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